「眠り」はすべての生き物に必要不可欠な生理現象。「睡眠障害」という言葉が取りざたされることも増えた昨今、眠りの「質」の重要さについて目にする機会が増えたのではないでしょうか。
「仕事中に猛烈に眠くなってしまう」、「実はよく眠れずに悩んでいる」…など、心当たりがある方もいらっしゃるはず。そんなお悩みを抱えている方は、ストレス社会の中で眠りの質が低下しているのかもしれません。
そこで、今回は「睡眠改善インストラクター」として活動されている眠りの専門店 市田商店の斎藤拓也先生へ、睡眠にまつわる様々な疑問についてお答えいただきました。
「眠りの質」を掘り下げる前に。そもそも睡眠とは?
――外に出る機会が減ってしまったためか、近頃きちんと眠れている感覚が薄れてきたと感じています。
眠りの質を改善したいところなのですが、そもそも睡眠とは人体にとってどのような役割を果たすのか、基本的なところから教えてください。
斎藤さん(以下、敬称略):
まず睡眠の役割とは、「脳の休息と身体のメンテナンス」です。ここで重要なのは、「身体」は起きていてもじっとしていたり少し横になることで休息できますが、日中フル稼動している「脳」を休ませるためには、睡眠以外の休息方法がありません。
さらに睡眠の中でも「ノンレム睡眠」と言われる一定の時間だけが、唯一脳が休息できる時間なのです。
――なんと、それはいきなり驚きです!確かに、常に思考したり、何かに反応して体を動かしたりと脳は常に大忙しですよね。ノンレム睡眠というと、レム睡眠に比べて深い眠りのことですよね?
斎藤:
うーん、当たらずといえども遠からずという感じです(笑)。確かにレム睡眠に比べてノンレム睡眠の方が深いとされていますが、ノンレム睡眠の中でも浅い眠りから深い眠りまで4段階に分けられます。
ノンレム睡眠中であっても眠りの深さに関係なく、脳は休息状態になるんです。
――脳を休めない状態、つまり満足な睡眠がとれていないと、脳や身体にどんな不具合やトラブルが起こるんでしょうか?
斎藤:
短期的に見られる症状としては集中力、判断力、記憶力の低下です。睡眠不足が原因で仕事でミスをしたり、思わぬ事故に繋がったりしてしまう経験があるかと思います。
身体への影響でいうと、肥満や糖尿病などに代表される生活習慣病、うつ病や肌荒れなどのリスクが大きく上がりますし、 長期的に見ると寿命へも影響があるなど、睡眠不足が与える身体への悪影響を挙げたらきりがありません。
現代人の眠りの質とは?
――現在、20〜30代女性の4割ほどは睡眠に悩みを抱えていると言われていますが、その世代の女性たちの睡眠とは、どんな状況になっていると思われますか?
斎藤:
私たちのお客さまの中にも30代の女性は多く、お話を聞く機会があるのですが、みなさん共通して「朝、すっきりと起きられない」とおっしゃいます。
その理由はまず、仕事や育児、その両方に振り回され、物理的に満足のいく睡眠時間が取れないこと。
そしてそんな生活環境に加え、遅くまでスマホやパソコンを見るなどの生活習慣と慢性的なストレスにより眠りの質が下がっていると言えます。
生活環境と生活習慣、溜まったストレスのせいで、夜しっかりと8時間寝ていても朝すっきり起きられないと言う方もいらっしゃいます。
――生活環境の変化によりそもそも寝れていないうえに、せっかく寝ている時間でも日中の生活習慣やさまざまなストレスによって眠りの質が下がっている…。ただ長時間眠ればいいという話ではないのですね。
斎藤:
そうなのです。現代の人々の生活の中で、眠りの質を下げている習慣や間違った常識など、改善策をお伝えする前に、眠りにまつわる注意点についてお話します。
――ぜひ、よろしくお願いします!
その習慣が眠りの質を下げているかも!? 注意すべき5つのポイント
1.「寝溜め」という概念を捨て、「睡眠中央値」を意識する
斎藤:
「寝溜め」とは、「平日は寝不足だから、週末は12時間寝よう」など、翌日や翌週の睡眠不足を補うため長時間寝ることを言いますが、これは一時的な睡眠不足は解消されても、その夜からなかなか寝付けないなどの悪影響を及ぼします。
よく「睡眠負債」と言って眠りをお金に例え、睡眠不足の蓄積を借金のように表現しますが、一時的に借金はできても貯金はできないのが睡眠です。それより新常識として知っていただきたいのが「睡眠中央値」という言葉です。
睡眠中央値とは、眠りに落ちた時間と朝起きた時間のちょうど中間の時間のことを指し、中央値を毎日揃えて睡眠のリズムを整えることが重要です。例えば、普段夜12時に寝て朝6時に起きる人の睡眠中央値は、午前3時になります。
だから「今日は時間があるからいつもより2時間寝たいな」という場合、夜寝る時間を10時にしたり、朝起きる時間を8時にして前後で2時間調整するのではなく、前後1時間ずつで調整する。12時から6時まで寝る人は、11時に寝て7時に起きる、というようにするんです。
そうすると睡眠中央値はずれないので、睡眠のリズムが崩れにくく翌日の夜の眠りに与える影響も小さくなります。だから週末の「寝溜め」をやめて、「睡眠中央値」を計算した睡眠を心がけましょう。
2.長すぎる仮眠は睡眠のリズムを崩す
斎藤:
睡眠とは「体内時計によって制御されるリズム現象」とも言われてるほど、リズムが大切です。そのリズムを崩してしまう原因のひとつが、長すぎる仮眠です。
一般的に30代の人は30分以上眠ってしまうと夜の睡眠に悪影響を及ぼします。理想的な仮眠は、午後2時から3時の間で15分から20分間が理想的です。
3.眠る前にブルーライトを目に入れすぎない
斎藤:
スマホやパソコンなど、液晶画面から出るブルーライトも睡眠に影響します。ブルーライトが目に入ると、脳が太陽光と間違えて「朝だ!」と錯覚し、睡眠を促すホルモン物質、メラトニンの分泌を抑制してしまうのです。
寝る2時間くらい前から、できればブルーライトを目に入れないようにするのが理想的ですが、一切スマホやパソコンを見ないのは無理だと思うので、そのときはブルーライトカットのメガネをかけたり、スマートフォンのナイトモードなどを利用するよう心がけましょう。
でも、それらの効果を過信しすぎるのも要注意ですよ。
4.お酒は眠る2時間前までに終わらせる
斎藤:
寝つきが良くなるからと寝酒をする人がいますが、お酒も睡眠には悪影響を及ぼします。寝る前にお酒を飲むと、身体が寝ている間にアルコールの分解をしなくてはいけません。
本来は寝ることで身体や脳を休めたいのに、アルコール分解のための労力が必要となる。それでは十分に休息できませんよね。
身体がアルコールを分解するのに必要な時間は約2時間と言われているので、お酒を飲んだときは2時間経ってから寝ること。そうすると、睡眠への悪影響を下げることができます。
5.眠れない時はベッドからいったん離れる
斎藤:
眠くなるまでベッドに入らない、これは誰もが簡単にできて効果的な睡眠の改善方法なのです。ベッドに入っても寝付けないときは、ついゴロゴロと寝返りを打ちながら眠気を待ったり雑誌を読んだり、眠る以外のことをしてしまいがちですが、思い切ってベッドを離れてみましょう。
ベッドで眠れないのにゴロゴロして4時間半寝たという人と、一旦ベッドを離れて眠くなるのを待って3時間寝た人では、後者の方が朝のコンディションがいいと言われています。
TIPS:睡眠のゴールデンタイム、実は間違い!?
斎藤:
よく「夜10時から午前2時までは、睡眠のゴールデンタイム」と言われますが、あれは科学的に見て間違いです。
そもそも、なぜこの時間がゴールデンタイムと言われていたかというと、その時間に肌のダメージなどを補修する成長ホルモンが分泌されるからとされていたのですが、成長ホルモンの分泌は「○時から○時の間」といった時間に依存するものではなく睡眠の状態(眠りの深さ)に依存することが明らかになっています。
寝始めてから最初の3時間が一番深い眠りになるのですが、その間に一晩で分泌される成長ホルモンの約80%が分泌されるということが分かっています。なので、「ゴールデンタイム」に寝ればいいということはありません。
眠りの質を向上する改善作、代表的な5つの習慣!
――ゴールデンタイムが間違いだったのは衝撃的でしたが、注意すべき点は心に留めておきたいと思います。では、上記を踏まえた上で、改善策について聞かせてください!
1.朝は規則正しく、同じ時間に起き、朝日を浴びる
斎藤:
寝る時間に多少ばらつきがあっても、朝は決まった時間に起きるように心がけましょう。そして起きた時はカーテンを開け、全身にしっかりと朝日を浴びること。
朝日を浴びることで体内時計がリセットされて、睡眠ホルモンのメラトニンの分泌もストップします。決まった時間に起きて、朝日を浴びる、まずはこれを習慣付けましょう。
2.日中は活動的に過ごし、適度な運動を心がける
斎藤:
メリハリを持たせるために、夜は落ち着いて過ごし、日中は活動的に過ごしましょう。ちゃんと日光を浴びたり、適度な運動をするのもおすすめです。
日中に太陽光をしっかり浴びると夜間のメラトニンの分泌量が増えることも近年の研究で分かっています。
ちなみに運動は眠る3時間前までに、軽めのジョギングや早歩きのウォーキングがおすすめです。ゼェゼェと息が上がってしまうようなハードな運動は睡眠には必要ありません。
3.夕食は寝る3時間前、入浴は2時間前までに済ませる
斎藤:
夕食は寝る3時間前までに済ませましょう。食事を摂ると消化や吸収のために胃や腸が活発に働くため脳が興奮した状態になり、この間は質の良い睡眠が得られにくくなります。
食事をしてから消化が落ち着くまで最低でも3時間程度は必要となるため、夕食は寝る3時間前までに済ませましょう。
そして、入浴も寝る2時間前までに済ませましょう。睡眠は深部体温(脳や内臓の体温)の変化とも深い関わりがあり、高くなった深部体温が下がる時に人は眠気を感じます。
寝る2時間前までにお風呂で体の芯(深部体温)をしっかり温めれば、入浴によって高くなった深部体温が就寝のタイミングに下がって眠気を感じ、スムーズな入眠を得ることができます。
4.照明は寝る1時間前に電球色にして、極力暗くする
斎藤:
眠る前に目に光を沢山入れるのは良くありません。特に蛍光灯やブルーライトなど、寒色系の光は脳が日光と錯覚してしまうので、部屋では極力暖色の電球色を暗めに灯すのをおすすめします。
しかし、暗く照明を落とした空間で何かを「見ようとする」と、目に力が入ってしまうのも要注意です。
寝る前の読書などをする際には手元や本に光を当てるようにし、直接目に光が入りすぎないようにしてくださいね。
5.眠るための環境づくりが大切!
さらに眠りの質を高めるために、寝る前にできることや環境づくりがあります。
寝る前にリラックスする時間を持つことは良い睡眠に必要不可欠なので、アロマオイルなど、その人が良い香りだと思える香りに包まれながら心を落ち着かせる時間を過ごすのも効果的です。
アロマの香りは心と体のリラックスを促して快適な睡眠をサポートしてくると言われています。ぐっすり眠れない方や睡眠の質に悩んでいらっしゃる方には、アロマの香りを暮らしに取り入れてみることをおすすめしています。
アロマの香りには様々な作用があると言われていますが、ご自身がお好きな香りを楽しむことが快適な睡眠に最も効果が期待できます。
また、寝る前にカフェインレスのハーブティーを楽しむこともリラックス効果が期待できます。
リラックスできるハーブティーとしてカモミールティーなどが知られていますが、妊娠中の方は飲用を避けたほうが良いものもありますので、専門家にご相談のうえお買い求めいただくことをおすすめします。
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ベッドや布団など、寝具選びも重要です。
まず物理的に身体に合った寝具を選ぶことですね、枕が高すぎたり、マットレスが硬さが合わずに寝返りが打ちにくかったりしていないかなど、寝る姿勢が身体への負担になっていないか今一度見直しましょう。
眠る部屋の照明は暗くしておきましょう。そして寝室の温度と湿度にも注目してください。大人が快適に眠れる環境と、室温26度以下、湿度は50〜60%と言われています。
寝具の見直しとも重なりますが、敷布団と掛け布団の選び方も体感の温度や湿度に関わってきます。おすすめは汗をかいても吸収してくれるリネンやコットン、シルクなどの天然繊維のものや、ダウンを90%以上使用している羽毛布団です。
――眠りの質を上げるためにできること、こんなにたくさんあるんですね。私も自身の生活習慣や寝室の環境、今一度見直してみます!
斎藤:
もちろん、「よく眠る」ためにできることはたくさんあるのですが…。
僕が思うに、眠れないとおっしゃる方は「きちんと眠れないこと」を悩まれますが、それ自体が睡眠にとっては良くないこともあります。
お客さまに睡眠の悩みを聞くと、眠れなかった時に眠りの質を下げる行為について「あれをしてしまった」「これがダメだった」と悔やんでしまうのですが、それをまずやめましょうとお話します。
できなかったことを悔やむより、睡眠のためにできた良いことを喜んでください、と。
眠りを楽しむこと。まずはそれが眠りの質を上げるために必要なことだと思います。結局、「ダメだ、ダメだ」と思ってストレスを抱えることが一番良くないですし、自律神経の働きを乱してリラックスできなくなってしまいます。
――確かに、やれることが沢山ある分、明日から寝るためにやるべきことでがんじがらめになっていたかもしれません…。
そうしてストレスを増幅させていては本末転倒ですね。まずはできることから少しずつ変えていきたいと思います。本日はありがとうございました!
日常生活の中で当たり前すぎてついついないがしろになりがちな「眠り」。
今回お話を伺うことで、眠りを妨げる原因となっていた習慣や環境を自覚することになりました。同じように、知らず知らずのうちに睡眠の質を下げてしまっていることに気づいた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回のお話を読んで少しでも思い当たる節がある人は、ポジティブに気軽に「睡眠を楽しむ」ところから始めてみましょう!
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斎藤拓也
睡眠改善インストラクター/眠りの専門店 市田商店 店長。長くジュエリー業界に携わる中で、睡眠によって得られる「体の内側からの美と健康」に着目し、2012年に「眠りの専門店 市田商店」をオープン。2013年に日本睡眠改善協議会の睡眠改善インストラクター資格を取得、心地よい眠りを京都から発信する一児(娘)の父。